ミニレッキスのうさ吉くんと一緒

ミニレッキスのうさ吉と、朝子の記録 (トップ画像は、友達が育てた薔薇をいただき、それが散った時のもの)

今の自分の色が何色か確認できるようにと。

2019年04月

たしかに、音楽談義などしているとそんなこと言う人いるのです。

しかもクラシック愛好者に多い。

事実、毎日のように現代音楽のコンサートに行って同時代人の音楽を聴き続けた私としては、思うところも多い。その間、現代音楽の演奏家でさえやめた人も知っている。理由は書かないが察してくれ。


自曲は書いたそばから、演奏する人のものというスタンスの私だった頃、居ないところで演奏されることも多い。何年か経って「実は」と言われることも。
それはそれで嬉しい。著作権協会はトラブルも多いのをみてきて、入ってもいないし入るつもりもなかった。

そんな時、作品について投稿した人がいると、見せてくださったものがあった。
その中の一つ。

端的に曲を作る意味について書かれている。中倉国男さんには、感謝申し上げます。

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で、音楽はなぜこんなことになってしまったのかを第一次世界大戦を通して書いているものがあり、個人的に第一次、二次大戦関係を読んでいる私には、なかなか面白いものだった。







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銀座コリドー街にあったギャラリーバーカジマが閉店したのは、今年。





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画家の谷川仙太郎さんの経営する「ときね」というバーに初めて行ったのは、長谷錦一さんに誘われて。

どういう経緯でそうなったか、自然だったのでしょうけれど。

私が仙太郎さんのお店に行くようになってから、銀座では3か所変わりました。その最初の、知る人ぞ知るような足音の鳴る階段をのぼったカウンターだけの場所で、画家さんたち、このような隠れ家なところに集まるのだと楽しかったのを覚えています。そのうち一人で寄ったりと。自然といろんな方を知り、いろんな作品を観られるようになりました。
思えば、もちろん、そのバーには、谷川仙太郎さんの絵が沢山飾ってあって。素敵な空間でしたね。もちろんそののちの2件も素敵でしたが。
電車に乗り遅れて最終逃した時も、眠い目をこすって始発までおいてくださって・・感謝しかないですわ。
でも、後々、閉店され絵に集中と。


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そして今回のギャラリーバーカジマの閉店。
オーナー加島牧氏さん。初めてお会いした時も、人懐っこく(と、私は感じた)まるで何年ぶりに出会う親友のような、時間を超えて話ができる方でした。私は、「集合」となると、ひっそり去るタイプなので、イベントなんだというのが実は苦手です。「お祭りだ~花火大会だ~店が出来たぞ~」こんな声が聞こえると、よしよし、みんなそっちに行くから行かないところへ行こうと静かな方へ。

それとは関係ないとは思うのですが、加島さんはDMなどで来る文章が素敵で、しかも及川伸一さんという画家さんからも「あの人の文は上手い(電話でか会ってかお話しした時の記憶はあやふやです)」という話になったのも思い出し、ちょっと検索したのですね(なんて便利な世の中でしょう!)。すると翻訳をされていたことがわかって、こそこそ図書館で借りて読んだりしていました。もちろんご本人とその後お会いしても言わなかったのですけれど。

コースターなんかも気軽に置かせていただけたのも、加島さんのお人柄。
幻のお店がまた一つ増えたことに、自分の人生を振り返る。

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人生は、人との歩みなのかもしれません。
個人的には昔から「人生とは、人を生きること」と思っていますが、子供のころから「生まれ変わりたくない。人間は一度でいい」と思っているものですから、よく「やっぱり朝子は、地球人じゃないよね」といわれても、そうかもと思ってしまう自分がいるのでした。

意外と煩悩を取り払うことをしても、全部取り払いたいとは思わないのですね。人間でいる限り「悟ったらおしまい」

という気がまだしています。

白兎の死も衝撃的でしたが、うさおの死は、特別な意味を持っていました。
そこで、がらりと変わったな。



白うーちゃんと仲良くしてますか?うさお。

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